さらにこちらでは
三日坊主で飽きてしまったら、もう一回始めて、また三日で飽きればイイじゃない。やめないことです。三日坊主なんて気にせず、休んだらまた何もなかったかのように再開すればイイんです。
僕らはいつも、途中で投げた自分を責めてしまうけど、むしろ、始めようと思ったこと、そして、三日続いたことを、まずは褒めてあげるべきだ。
欠点だろうが、長所だろうが、一部にだけ焦点を当てるやり方はどうも不自然な気がしています。表裏一体 ぜ~んぶ ひっくるめて あるがままの自分なんじゃない?
http://bit.ly/2FfXumh
善なる一部を人間のパーソナリティー(個性)として、それを伸ばそうという西洋型の人格感には限界が出てきている。人間は善も悪もあるし、状況の変化で揺らぐ複雑な存在です。状況に関係ない、「本当の私」なんてない。
それなのに現代人は、理解できる本当の自分がいると思い込んでいる。習慣的に出てくる自分に慣れてはいるでしょうが、それを本当の私だと思う必要はない。こんな自分も出てきたぞ、でいいんです。
状況の中でどんな自分にもなれるのに、目標や計画を立て過ぎて、自然に任せることをしないから、目標程度でおさまってしまう。
目標を持って生きることが、是とされすぎているのではないでしょうか。未来の自分に目を向けすぎずに、今というときに、無心で立つことです。
(本当の私って…?)
お母さんから教わったこと。 ①職場の人は友達ではない。仕事をするために繋がってる人だから過度な期待と甘えはダメ。
②悪口には乗らない。同調したら自分も加担したことになる。凄く情けないことだし、いつか自分を不利に追い込むことになる。
③相入れない人は宇宙人だと思って受け流す。
“「ねえパパ、どうして勉強をしなければいけないの?」 「それはね、過去にいろいろなことを調査、研究した偉人達の、それこそ人生をかけて頑張った成果を、後世に住んでいるという理由だけでタダで手軽にゲットしちゃって、楽で便利に生きるためだよ」 「ねえパパ、オブラートって知ってる?」”
— 時雨沢@あけましておめでとうございますさんのツイート (via mug-g)
日本では勝つという言葉が意味していることは非常に狭いけれど、アメリカ人が使うwinという言葉の意味は非常に広い。Are you winning?と毎日言っている、かつて僕のチームメンバーがいたけれど(外人)それは何というか「うまくやってる?」位の意味で、方向や内容までは規定しない。だから、百人いればそれだけのwinningな状態があるという意味ではアメリカはいいところだと思う。
渡米して最初に思ったこと(6) - 幸せとは? - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing (via shoka) (via petapeta, milkcocoa) (via gkojax-text) (via yaruo) (via deli-hell-me) (via gkojax) (via shayol) (via saisu-gather-the-idea) (via quote-over1000notes-jp)
NHKはちょっと前まで「無縁社会」とかやってたのに、TwitterやSNSでのつながりは「依存症」で切り捨てるのね。。すごいなぁ。
Twitter / tachesan (via katoyuu)
